詩に初めてふれる人に・・


                第4話
           比喩のダイエット力


◆一行の威力

今は昔、予備校に通っていた頃、忘れられないエピソードがあります。英語教師が長文読解の授業で、ある国立大学での入試問題にまつわる珍事を余談に話してくれました。
出題の和訳問題は、正解が「人間は生きている内は、まだその者の人生は確定していない。人間は生きている限り、考え方や生き方が変化するものだから。人は死んで初めて人生が決定する。死によって、かけがえのない人生が得られるのだ」という主旨でした。

読解部分もかなり長いもので当時の私には歯が立たないような哲学的で高度で内容でした。
受験者の解答の中で、合否の際に問題になった答案がありました。入試委員会で色々議論した結果、正答と認め、その受験生は見事合格したそうです。
問題点は、この長い解答を当の受験生は、たった一行で書いていたのでした。それは、このような訳文でした。
  花の命は散らばこそ

この逸話、事の真偽のほどはわかりませんが、比喩の持つ力をいかんなく発揮してはいないでしょうか。 
比喩には長大な思想を具体的なイメージに変える力があります。紹介例を始め、仏教説話、聖書の教えも大半は比喩を駆使して述べられています。特に旧約聖書の中の「雅歌
(がか)」の章は、壮麗な比喩の宝庫として知られています。
「ソロモンの栄華も一輪の野の百合には及ばない」の章句は雅歌を代表する比喩でしょう。

◆聖書は比喩の宝庫

新約聖書の中に、「カナの婚礼」という場面が出てきます。
これはイエス・キリストが縁戚の結婚式に招かれた様子が描かれています。披露宴の卓には葡萄酒が並べられていました。
ところが招待客が多すぎて、酒が切れてしまいます。主催者が困り果てていると、イエスはからの大樽に水をいっぱいに注ぐように命じます。みんながいぶかしがっていると、その水は一瞬の内に葡萄酒に変わっていたのでした。
この奇跡譚をわずか一行で表現した詩があることを、私は大学の講義で知りました。
詩人名は失念したのですが、詩句は鮮明に覚えています。

     水は神に見入られて面
(おもて)を赧(あか)らめた

ここでは水が擬人化されています。意中の人に見つめられ、恥じらいでほのかに頬を染める純潔な乙女のように譬
(たと)えられています。頬を染めた色が葡萄酒の色を連想させるのです。
なんとウィットに満ちた比喩でしょうか。散文で書けば何十行にも及ぶ内容を、比喩は数語で表すことができるのです。
このように比喩は複雑で抽象的な観念・思想を瞬時に伝える力があります。
つまり、私たちの見えない心を具体的にダイナミックに伝えることができます。

詩は比喩の文学といわれます。私たちはどのように悲しいのか、どのように愛しているのか、を伝えようとしたら、目に見えるものに譬えるほか、形を与える術はないでしょう。



2006年
 1話