詩に初めてふれる人に・・


                第3話
           詩はイメージで考える(続き)


◆イメージで答える人生の問い

詩集『予言者』は、物語の形式で描かれ、主人公の予言者・アルムスターファーはオルファリーズという町で帰郷の船便を長年待っていました。
ついに故里の船がやって来た日、町の巫女が、別れに際して人生の知恵を授けてくれるよう懇願します。そして巫女や町の住人が人生の幾多の根源的問題を問い、予言者が答えます。

物語はこうして始まり、愛、結婚、子供、仕事、喜びと悲しみ、信仰、善と悪など26のテーマが詩編の形で語られていくのです。
ジブラーンの愛の考えは、男女の愛だけでなく、国家・同胞への愛、信仰・正義への愛と広がりを持っています。
愛の翼に隠れた剣が身を傷つける。愛は北風のように夢を砕く。愛は十字にはりつける。愛はむち打って身を裸にする。
これらの譬
(たと)えには、愛を成就させるためには常に自己犠牲を伴うという思想が裏打ちされています。
これは信念を貫いた結果、若くして教会、祖国から追放された彼の苦渋が色濃く反映しているのではないでしょうか。


  
結婚について

夫と妻、二人は共に生まれたもの。
また、永遠
(とこしえ)に、共にあらねばならぬもの。
たとえ、白き死の翼
(はね)が、あなた方の日々を毀そうとも、
 共にあるもの。
そう、たとえ神の静かなる記憶
(おもいで)の中にあっても、共にあらねばならない
 もの。
しかし、共にいるということの中にも、空間
(へだたり)を置きなさい。
天の風が、あなた方二人の間を舞い抜けられるように。

お互いに愛しあいなさい。
しかし、愛の絆をつくってはいけない。
あなた方二人の魂の岸辺に、
動く海のあることが望ましいのだから。
お互いの盃を満たしなさい。
しかし、同じ盃から飲んではいけない。
お互いのパンを分ち与えなさい。しかし、同じ
 塊から食べてはいけない。
共に歌い、踊り、楽しみ合いなさい。
しかし、お互いにひとりであらねばならぬ。
ちょうど、リュートの絲が、同じ楽の音
(ね)
 
にふるえても、それぞれがひとりであるよう
 に。
お互いの心を与えあいなさい。
しかし、お互いが心を抑えあってはいけない。
大いなる生命
(いのち)の手だけが、あなた方の
 心をくるむことができるだから。
一緒に立っていよ。
しかし、近よりすぎてはいけない。
寺の柱も離れて立ち、樫の木も、絲杉の木も、互いの蔭の中では育たないのだから。
                    詩集『予言者』小林 薫訳

◆女性解放の先駆者

夫婦といえども、お互いの人格を独立したものと認め、互いに依存しあってはならない、という結婚観をジブラーンは理想としました。
〈天の風が、あなた方二人の間を舞い抜けられるように〉
〈二人の魂の岸辺に、動く海のあることが望ましい〉
〈リュートの絲が、同じ楽の音にふるえても、それぞれがひとりであるように〉
これらの章句は、夫婦が精神的に自立することをうながしていますが、何と気品高く味わい深い呼びかけでしょう。
ジブラーンが語る結婚観は、フェミニズム(女性解放論)の浸透した現代では、さほど珍しくはないかも知れません。
また、現実に彼の説く結婚を実現させた幾組もの夫婦がいることを私たちも見聞する機会があると思います。
私が魅了されたのは、その深い思索もさることながら、イメージの宝庫というべき華麗なうたいぶりです。
学生時代、唯一翻訳書がある国会図書館に折々通い、『予言者』全篇を数年かけて筆写しました。
国境と時を越えて、それほどまでに私は若い日の詩心を揺すぶられたのです。

       
●ハリール・ジブラーン参考文献(入手可能なもの)
         神谷美恵子『ハリール・ジブラーンの詩』角川文庫 2003年
         佐久間彪訳『預言者』至光社 1994年


2006年
 1話