キッチンポエム・・
捨てる
大澤 優子
捨てることなんて簡単
ほんの少しの思い切りが必要なだけ
真っ黒な大きな袋に放り込んでいくだけ
一度入れたらもう何を入れたかわからなくなるから
子供たちと集めた波の音のする貝殻も
道端で見つけた不思議な色の小石も
夕焼けの山に落ちていた木の葉も
全部弾みをつけて捨てる
穴のあいたパラソルも
ボタンのとれたシャツも
染みのできたレースのハンカチも
粗大ごみをリフォームしたテーブルも
代々伝わるわけのわからないアンティークも
美しいリズムを壊さないように拍子をとって捨てる
白いカビの生えたジャムの瓶には
胸のつかえを吐き出して
きっちりと蓋をして捨てる
どうしようもない怒りや悲しみは
エビ茶色の廃油に溶かし込んで捨てる
卑屈な雑誌を束ね
尊大な新聞を紐でくくり
捨て切れなかった夢は
サプリメントといっしょに飲み込んでしまおう
捨てるものがなくなったとき
気がつくかもしれない
どうでもいいことに
とらわれ続けていた自分に
◇ ◆ ◇
作者から
毎日普通に暮らしているだけで増え続けていくものがあります。
私にとって「捨てる」ことは大きな課題のひとつです。思い出の詰まった品々は、金銭的な価値がなくても捨てきれないものですよね。
この詩は、物を思い切って捨てる事だけでなく、その思い切りのいい行為とともに、自分の中にある見栄や世間体や鬱々とした気持ちが捨てられたらどんなに楽だろうという願望のようなものです。
もう20年近く前の話ですが、父が末期がんで亡くなる寸前、ひどい痛みと苦しみの中で、うわごとのように「ほうれや」といった一言を今も忘れることができません。「ほうれや」というのは、松山弁で「捨てろ」という意味です。父が最期に何を捨てたかったのか、今となっては知る由もありませんが、還暦で亡くなった父は要らないものをそぎっとって、赤ん坊のように無垢になって死にたかったのかも知れません。