詩の教室につどう人たち・・



                留守電

                藤川 和子



       
留守電が消え入るような夫の声で 囁(ささや)
        私です
        湿布薬を持って来てくれないかなあ
        半分に切って使いますから

       恐れていた骨に転移した
       一ケ月分の湿布薬を一週間で使い果たしたという
       激痛に苦しみ
       もう誰が来ても話ができないという

       十階の緩和ケアの個室に変わる
       灰ケ峰の雄大な姿が目に入る
       にっこり微笑んだのは
       やっと掴んだ安らぎだったのか

       車椅子で十一階のラウンジに行く
       二人で飲む最後のコーヒー
       呉港に沈む夕日は
       茜に染まる雲間に輝きながら消えてゆく

       今も消せない留守電  
        湿布薬を持って来てくれないかなあ
        半分に切って使いますから
        体に気をつけて さようなら


                ◇ ◆ ◇


ふだん使っている留守電のメッセージ。用件が終わればさっさと消して、繰り返し使っています。でも、人生には消すことのできないメッセージもあります。

作者は、留守電に残された亡夫の肉声に特別の思いを抱いています。その声が生々しいだけに、ひときわ故人への愛しさが増すのでしょう。
体に気をつけて さようなら・・の言葉にやさしい人柄が偲ばれますね。
藤川さんは、ご主人が残した留守電のテープを消去できずに、今も大切にしまっているそうです。

この作品は、2003年度の広島市短詩型文芸大会(広島市中央公民館主催)の詩部門で、市教育長賞を受賞しています。