キッチンポエム・・
冷蔵庫の上
松岡 京子
冷蔵庫の上が気になる。
新婚時代には天井まで拭いていた私には、わかっている。
生活していて見えない場所で、
飛び散った油と埃が絡まった重苦しさが、
一面に薄く貼りついている頃だ。
誰も知らない汚れが気になる
一人きりの、括(くび)れのない午後。
西日が真横から覗き込む前に、
さっと拭いとってしまおう。
椅子の上に立ち
スプレーから洗剤を白く振り撒き、
しがみついたものを引き剥(は)がす。
油だったもの、
埃だったもの、
もう元には戻れないものを、
白い雑巾に黒々と吸い込ませ、 芥箱(ごみばこ)に投げ込んだ。
台所に立ち、夕食の仕度を始める。
誰も知らない、
冷蔵庫の上の、
白い、のっぺりとした広がりが、
私の中に浮かんでいる。
◇ ◆ ◇
若い主婦である作者は、キッチンの片隅にも、深い詩の世界が宿っていることを教えてくれます。
誰も気がつかない冷蔵庫の上の汚れを半日かけて掃除。〈油だったもの、/埃だったもの、/もう元にはもどれないもの〉、そんなしつこい汚れは、人の心にも住んでいると思わせる暗示に富む詩句です。
最終連の〈冷蔵庫の上の、/白い、のっぺりとした広がり〉とは、心の重荷を取り去った後の、淡い空白感を暗示的に現しているのでしょう。