詩人のプロフィール・・


              私はゆっくりと
          
 紺野 あずさ



       疲れたな と思ったとたん
       周りの景色が傾き 色が消えた
       いつものように掃除機をかけていたとき

       倒れようとしている私を見ている
       もうひとりの私
        みっともなく倒れたらいやだな
        両足は しっかり閉じておかないと……
       すこし 微笑んでいようかしら
       私は ゆっくりと倒れ込んでいく
       掃除機の把っ手を落として

         どこかで山鳩が啼いている
       沈丁花が匂うから 行かなくてはと思った
       ただ 行かなくてはと……
       遠くで 幼い子が母親を呼んでいる

       突然 機械音が通常のように響いてきた
       肘が痛い! 頬にホースの蛇腹の跡がついている
       足元で低く唸り続けている掃除機

       長い旅から帰ってきたような
       長い長いひとりごとを言っていたような
       長い長い長い眠りの河に押し流されたような
       私は ゆっくりと起き上がる
       躯
(からだ)が横たわっていた辺りの床が
       ほのかに温かい


                
○ ● ○


めまいの瞬間  遠のく意識の中で、倒れていく自分を、もう一人の自分が見つめています。こんな時かも知れません。人の魂が身体から彷徨(さまよ)い出るのは・・。でも、我に返って、普段の時間が再び戻って来ると、心には長い旅から帰ったような疲れが残っているのでした。
誰でも一度は経験するような、日常に潜む深層心理を生々しく描いた異色の作風です。



        
●紺野あずさ
          高田敏子主宰詩誌・旧『野火』会員。日本作詩大賞
          最優秀新人賞。藤田まさと記念賞最優秀作詩賞。
          作詩家・星野哲郎に師事。読売・日本テレビ文化セ
          ンター新宿教室、同八王子教室で詩の教室開講。