こころの自分史をつづる・・



                  

                大澤 優子



         
コンロの上で母が父の足を焼いている
         目が醒めて
         チャーチャンは と幼い私が聞くと
         雪のお山に行ったよ と母は答えた

         夢を見た日
         父が山から魔法瓶に入れて持ち帰った
         一握りの冷たく白い塊は
         てのひらでみるみる溶けていき
         私の中で父の温もりも溶けていき
         深い森の香りが微かに残った

         父の足はスキーの板
         腕は海原に伸びた釣り竿
         目は一つ目のカメラ
         脳は小さな家を埋め尽くす蔵書だった

         還暦を迎えた父の骨はベッドの上で
         点滴につながれて生きていた
         骨は父を支配し 骨でありながら感情を持っていた
         骨はもう山にも海にも行けなくなって
         重い扉のむこうで焼かれて焦げていった

         母が遠い山の頂を見て立ちつくした秋
         私の膝の冷たく白い壷の中で
         骨がからからと音をたてて笑っていた
         その日から 骨の父を私は愛し
         父の骨は私を愛した


                 
◇ ◆ ◇


作者の父親は、スキー、釣り、写真、蔵書など、多方面に精力的な活動をしていた人物だったようです。そんな人が、病いで身動きが取れない境遇となりました。
病床の父親を、〈骨〉という即物的な視点で描いた所に、作者の感性の非凡さがあるでしょう。父親への屈折した哀傷の思いを、ありのままに醒めた目で描き切っています。

この作品は、2003年度の広島市文芸作品募集(広島市文化財団主催)の詩部門で、一席を受賞しています。