貧しき信徒・・
八木重吉は敬虔なクリスチャンでした。代表作「素朴な琴」をはじめ、彼の詩はキリスト教信仰詩の白眉として知られています。
東京・町田市に生まれた彼は、師範学校の教員時代、教会に通い、後に内村鑑三の影響を受けました。28歳で結核が発病。29歳で早世していますので、わずか一年の闘病生活の間に彼の全作品2千篇余が結実したことになります。

彼には一男一女の遺児がおりました。が、彼の死後この子供たちも同じ病いで、十代の初めに相次いで夭折しています。家族間で感染があったのでしょうか。当時として、あまり珍しくなかったことかもしれませんが、何とも痛切な思いに襲われます。

彼の妻は旧姓、島田とみ子。八木重吉の没後再婚して、吉野登美子となりました。実は、吉野登美子は歌人としても著名なのです。なぜなら、彼女の夫は、
吉野秀雄といい、短歌結社のひとつであるアララギ派の屈指の歌人なのです。そして、八木重吉の遺稿詩集を出版するにあたって尽力した人物です。彼の妻も実に不思議な運命の持ち主ではありませんか。

余談ですが、私も中学生の折、血沈検査を受けたことがあります。
校内で私を含め4、5人が名前が呼ばれ病院に引率されました。その時は、事情がよくわからなかったのですが、後年、あれは私に結核の疑いがあったのだと合点しました。
もし、私が戦前に生まれていたら、発病の可能性があったかも知れません。そう思うと、結核で亡くなった文学者を知る度に、ひとごとではないような感慨に襲われるのです。

私も一時、八木重吉の詩に没頭したことがあります。「素朴な琴」は大学ノートに書き写して何度も暗唱しました。詩を勉強し始めた人が初めて八木重吉の作品に触れたとしたら、その衝撃は深いものだろうと推測されます。
なお、高田敏子主宰詩誌『野火』107号(1983年9月発行)に、会員の佐藤静子さんが、
「八木重吉の詩碑」という一文を載せています。佐藤さんと八木重吉は遠い縁戚関係にあるそうです。
この文章から吉野登美子という女性の人となりが偲ばれます。

「八木重吉の詩碑」  佐藤 静子(神奈川県津久井郡)

詩人、八木重吉の生家(東京都町田市相原町)が、私の家から歩いて、30分ほどのところにあります。その庭に、昭和23年に建てられた詩碑があります。

       
素朴な琴

     この明るさのなかへ
     ひとつの素朴な琴をおけば
     秋の美しさに耐えかねて
     琴はしづかに
     鳴りいだすだろう

           八木重吉
                                 自然石にこのように刻まれています。
八木重吉は、明治31年に、となり村の相原町大戸に生まれ、11歳から15歳まで、私の母校でもある、神奈川県津久井郡城山町の川尻小学校に通っていました。
30数年の昔、小学生であった私に、父が一篇の詩を読んでくれました。

               わたしのまちがいだった
               わたしのまちがいだった
               こうして草にすわればそれがわかる

父が「この詩を書いたのは、八木重吉という詩人で、となり村に生まれ、自分とは遠縁にあたる」と、話してくれました。父が小学校の校庭で遊んでいたら、父の頭をなぜながら、「君はおれの親類だよ」と、言ってくれたこと、重吉から父にあてた手紙のあることもききました。それから私は、親しみをこめて、重吉の詩を読むようになりました。読みすすむうちに、不思議と心が安らぐのを覚えました。まもなく、私は詩らしいものを書くようになったのです。
昭和28年、父の主宰する短歌会が、村の公民館で、「八木重吉を偲ぶ会」を催しました。
重吉の妻であった登美子氏が、歌人吉野秀雄の婦人となっておられ、当日、講演をされる吉野氏とごいっしょに見えました。
中学生だった私は、こんな美しい人が、またとあろうかと、夫人をみつめていました。
吉野秀雄氏が

       重吉の妻なりしいまのわが妻よためらわずその墓に手をおけ

と、歌ったのは、その頃のことだそうです。
父は当時、小中学校のPTAの会長などもしていて、〈会長のお話〉のたびに、重吉の詩を紹介していました。父は話し下手でしたが、そのとつとつとした調子が、重吉の詩の素朴さと、よく合っていたように思います。(中略)
毎年10月26日に、重吉の生家の墓前で行われる〈重吉忌〉に、読書会の仲間と参加しています。今は、吉野秀雄氏も逝き、80歳になられた登美子夫人が、お一人で、鎌倉からおいでになります。
重吉を語られるとき、夫人は、その昔、重吉を恋した17歳の少女のままに、初々しく美しくいらっしゃいます。

     
掲載写真は「高尾タウン情報(雑賀編集工房)」
      (http://homepage3.nifty.com/-saika/top.html)から転載させていただいています。