冬の代価




          
父の臥(ふ)す病院から
          毎夕 川岸の道を帰途につく

          冬の川面は青銅の色に沈み
          並木は夕陽を浴びて金に
          薄くたなびく雲は銀に映える

          水に銅 地に金 天に銀

          これら冬の財宝が
          父を看護した私への
          今日一日の報酬
          日没と共に消え去る
          はかなく清い代価
                      
詩集『白夢』

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2000年秋、悪性腫瘍を患う高齢の父を介護するため、私は妻と交替で終日を病院で過ごす日々を送っていました。入院した父に私たち夫婦ができ
る世話は限られていました。

すでに手遅れだった父に確かな治療法はなく、家族に残されたのは、身の回りの世話と、病人の小さなわがままを聞くことくらいでした。
朝、顔と手足を拭く。しもの始末をし、ベッドのまわりを掃除する・・。
昼食の介添えが終われば、動けぬ父のそばに夕食まで黙って坐るしか、何もすることはありません。

ある冬の夕暮、病院からの帰り道、鮮やかな夕映えが眼に残りました。
それは一日の疲れをいやすような荘厳な輝きでした。私は長く詩作から遠ざかっていましたが、久しぶりに短い詩を作りました。
何のかわりばえもしない冬の夕景色に、父の介護への代価=ごほうび という、新しい思い方をすることで、介護で疲れた心に慰めを与えられたような気がしたのです。

見なれたものに、新たな意味を見つけることによって、心の闇にかすかな光が射し込む恵みを、詩の言葉は持っているのではないでしょうか。