秋桜の恋歌(ソナタ)




        
秋桜の花枝が
        傍を通り過ぎる人の残した
        小さな風に揺れるように
        あなたが目の前をよぎった時
        私の想いは 人の背を追って揺らぎました

        ある昼下がり
        私の腕は一輪の花を支える力もない
        病んだ茎でした
        生きていたくもない身体の重みを
        あなたの肩に預けると
        手首の静脈から 花びらがこぼれるほど
        あざやかな血が巡ってきました

        ある夜
        私の乾いた瞳は見開いたまま
        闇の奥を見つめていました
        あなたの手が静かにまぶたを押さえると
        目覚めて途切れた夢を もう一度結ぶように
        深い眠りが立ち戻ってきました

        行かないでください
        薄紅
(うすくれない)の野に分け入って
        私の前から消えてしまわないでください
        秋桜よりも淡い影をまとって
        遠くから微笑んでいる人よ

        あなたがいなくなれば
        癒えることのない空しい時間が
        私の心臓に根を降ろすでしょう
        あなたが声をかけないと
        私は私を忘れてしまいます
        私は自分がどこにいるのか
        わからなくなってしまうのです

        どこに隠れているのですか
        秋の冷たい風に溶けて
        見えない手で花びらを散らして
        私を誘っているのでしょうか

        いちめんに野が揺れています
        秋桜の中の旋律が
        儚い光を舞わせています
        見失った人を呼びながら
        見失った私を呼びながら


                      
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ある日の詩の教室で、皆さんの発案から、同じテーマで詩を書いてみようという試みをしました。その時、秋の季節に入ったことにちなんで、〈コスモス〉のテーマで皆さんに混じって、私も創作してみたものです。
若い頃の恋愛詩と違うのは、今の私が親や親類縁者を見送る世代にいるためでしょう、作品にも、かけがえのない人を失う嘆きが自然に色濃くにじんだように思います。