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夜来の雨のしずくが、庭先の薔薇に朝日を浴びて光っていました。
この薔薇は〈黒真珠〉。その名の通り、深紅の花びらは、深海で花ひらいたような奥深い光沢を宿しています。
四季折々に咲き、一年中目を楽しませてくれます。
薔薇は、私が敬愛するドイツの詩人・リルケが溺愛した花。
リルケは自分が丹精した薔薇の棘が指に刺さり、それがもとで急性白血病を発症し、51歳の若さで世を去りました。
リルケには薔薇をモチーフにしたあまたの詩がありますが、生涯をかけて追求した美と、刺し違えるように逝った詩人として、特に私の心に刻まれています。
薔薇の内部
R・M・リルケ
高安 國世(たかやす くによ)訳
どこにこのような内部を包む
外部があるだろう。どのような傷に
この柔かな亜麻布(あまぬの)はのせるのだろう。
この憂い知らぬ
咲き切った薔薇の花の
内海(うちうみ)にはどこの空が
映っているのだろう、ごらん、
薔薇はただそっと
花びらと花びらとを触れ合わし
今にもだれかのふるえる手に崩されることなど知らぬかのよう。
花はもうわれとわが身が
支え切れぬ。多くの花は
ゆたかさあまって
内から溢れ、
限りない夏の日々の中へ流れ入る、
次第次第にその日々が充(み)ちた輪を閉じて、
ついに夏全体が一つの部屋、夢の中の
部屋となるまで。
リルケはありとあらゆる詩的修辞を駆使して、薔薇を讃美します。無限に重なるかのような花芯を〈内海〉と譬え、どんな外部もこの内部を包むことはできないと断言します。
夏の陽を浴びて、花芯からは花の精が満ちあふれ、やがてこの世界全体を覆い尽つくします。
まるで〈ついに夏全体が一つの部屋、夢の中の部屋となるまで〉。
薔薇の芳醇な生命力が、この世のすべてを呑み込んで、ひとつの部屋のようになる。この美学は、リルケ独自の世界観から生まれたと想像されます。
宇宙には、人と自然の区別なく、すべての事物をつらぬく異次元の空間がある その考えがこの作品にも色濃く反映しているようです。
咲き誇る薔薇の花芯の、深紅の渦を見つめていると、めまいにも似た酔いを覚えます。
私もリルケの唱(とな)える、異界の空間に誘われているのでしょう。
2007.5.9
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