西坂の雨




       
二十六聖人殉教記念像は、長崎市街を見わたす高台にあ
      る。処刑当時、ここは西坂の丘と呼ばれ、はるか彼方に天
      草の海が望めたという。殉教者たちは、天草の水平線を見
      つめながら、十字架についたのだった。
       捕えられた信徒は、後手に縛られ、左の耳を切り取られ
      て、この丘まで引き廻されてきた。その中には、十二歳か
      ら十四歳までの三人の少年の姿もあった。彼らも棄教と引
      きかえの助命を拒絶して、刑吏の槍を小さな胸で受けとめ
      たのである。
       記念像は等身大。二十六体を完成させるのに、四年の歳
      月が費された。
       除幕式の朝は、折悪しく雨だった。しかし、列席した彫
      刻家は、雫の伝う象を見上げながらつぶやいた。
         ああ、みんな泣いている……。
       聖者の目も頬も濡れていた。胸の前に合わせた両手も、
      讃美歌をうたう二十六の青銅の唇も濡れていた。

                          
詩集『アンコール』

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二十六聖人殉教記念像にまつわるエピソードは学生時代、キリシタン殉教地を巡る九州の旅に参加した際、地元の神父から聞きました。制作者は彫刻家・船越保武(ふなこし やすたけ)。キリスト教受難者、聖書に登
場する聖人をモデルとする作風で著名です。

後年、舟越安武氏がTV出演。除幕式の話になり、司会者が「除幕式の日は、あいにくの雨だったそうですね」と水を向けました。私は、いよいよ自作のクダリに触れるのかと、固唾を呑んで待ち構えていました。

「それがね、式が始まる頃にちょうど晴れてくれたんですよ」と船越氏。
とんだ期待はずれで、たぶん、TVだけを見ていたら、この作品は生まれなかったと思います。あの神父との出逢いも、まさに神様の恩寵だったのかも知れませんね。