遠い視線




     
横断歩道で信号を待つ。通り過ぎるバスの乗客とぼんや
     り目が合う。眼は私を見ていない。見知らぬ私は、流れ
     去る風景のかけらに過ぎないのだから。
     
絞りが開いたままのレンズのように、瞳は遠く見ひらき、
     ひと刹那、透明なまなざしが私に重なっただけだ。

     時に、強い眼の光を感じる。それさえ、私に見入ってい
     るわけではない。自分を深く見つめるまなざしが、私の
     体を通り抜け、街の風景の向うに、人の知らない幻を結
     んでいるのだろう。

     私もバスに乗って歩道に佇む人を眺める。
     歩道の人も、遠いまなざしで私を、私を乗せたバスを見
     ている。  あそこで待っているのは私ではないだろう
     か。遠い昔から、私の魂が佇んで、この世を過ぎゆく自
     分の影を見送っているのかも知れない。
                        
詩集『白夢』

                    
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皆さんも経験があると思いますが、バスに乗って街の街路を眺めている時、みんなぼんやりとした視線で遠くを見ています。
それは特定の何かに注目するというのではなく、大抵は景色を見ながら一人一人が物思いにふけっているのでしょう。言ってみれば、自分の心を見つめているようなぼんやりとしたまなざしです。

横断歩道で信号待ちをしている人も同じような目をしています。
信号が青になったのに、まだ気づかない人は、深く物思いにふけっていたのかも知れません。
私自身が信号待ちをして、バスの乗客の遠い眼ざしと目が合った時、その不思議な感覚を、言葉でイメージ化してみました。