ぼどぉざん




        
砂丘の中に小高い斜面がある。その頂きに老いた父が
       小さく坐っている。
        強い陽射しが砂に照り返して、眩しさで父を見るのが
       辛い。父の身体は陽炎に揺らめいている。斜面からは絶
       えまなく砂粒がこぼれ、砂が流れる乾いた音が聞こえる。
        崩れやすい足許が心配になる。父の身体が傾き、すべ
       るように落ちていく。下の方では青く光る池が口を開け
       ている。父の身体は音もなく水面に吸い込まれる。
        池をのぞくと透き通って見える。父は水底
(みなそこ)
        
に仰向けに横たわっている。目を見開いたまま、遠く私
       を見つめている。
        冷たい水底から届く、父の見透かすような深いまなざ
       しを受け止めていると、私は父に詫びなければならない
       ものがあるように思う。
        雲が流れ、池の面
(おもて)暗く翳(かげ)り、父の姿
       がひと時消える。
        青い水底が再び現れた時、父はもう瞼を閉じ彫像のよ
       うに動かない。私は父を水に葬ったような悲しみを感じ
       る。
        顔を池の中に突き入れ、許しを乞うために、お父さん
       と叫ぶ。声は水の中で泡となって、"ぼどぉざん"と濁っ
       て耳に響く。厚い水の層が喉に流れ込む。息が続くまで
       私は呼び続ける。ぼどぉざん  の声の水泡
(みなわ)
       長く尾を曳いて水に溶けていく。
                          
詩集『白夢』


                  
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ある夜、父が水の底に横たわって、下から私を見つめている奇妙な夢を見ました。
その目は厳しいまなざしで、何か私を責めているように感じました。私が父にどんな悪いことをしたのか、それはわからないままに、父に許しを乞うため水の中に顔を突き入れて、〈お父さん〉と叫びました。
声は水中では〈ぼどぉざん〉と濁って響きます。喉に水が入ってきて苦しむところで、目が覚めました。
誰でも、自分の両親に対して負い目のようなものかかえているのではないでしょうか。そんな贖罪の思いをテーマにしています。